事業場外労働のみなし労働時間制とは、営業職のように事業場外で業務に従事しており、使用者の直接の指揮監督下にないため労働時間の把握が難しい場合に対処するために設けられた制度です(労働基準法第38条の2)。

この制度は、労働者が労働時間の全部又は一部を事業場外で労働した場合において、労働時間を算定することが困難なときは、原則として「所定労働時間労働したものとみなす」というものです。つまり、実際に働いた時間にかかわらず、就業規則等において定められた時間(所定労働時間)を労働時間として算定するというものです。

こうして見ると特に使用者にとっては使いやすい制度のようにも思えますが、当然ながら無限定に適用できるものではなく、事業場外労働のみなし労働時間制の対象となるのは、

1.労働者が労働時間の全部又は一部を事業場外で労働した場合で、

2.使用者の指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難なとき

に限られています。

したがって、事業場外で労働した場合であっても、使用者の具体的な指揮監督が及ぶ場合には、労働時間の算定が可能であり、みなし労働時間制の対象とはなりません。

 

この点、通達(昭和63.1.1基発第1号)により以下のような解釈例が示されており、裁判例の傾向としても、実際に適用されるケースはかなり限定的であると言えます(インターネットで検索しても、適用が否定される例がたくさん紹介されていると思います)。

1.何人かのグループで事業場外で業務に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合

2.事業場外で労働する場合、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合

3.事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに労働し、その後事業場にもどる場合

特に、2.についてはITの発達した現代において業務時間中に上司に報告や連絡を取ったり指示を受けたりすることは極めて容易であり、多くの裁判例でもこの点でみなし労働時間制の適用が否定されています。

このような趨勢のなか、東京高判平成30年6月21日(ナック事件)において、「労働時間を算定し難いとき」に当たるとしてみなし労働時間制の適用が肯定されましたので、ご紹介したいと思います。

 

この裁判例は、「…原告が従事していた業務は,事業場(支店)から外出して顧客の元を訪問して,商品の購入を勧誘するいわゆる営業活動であり,その態様は,訪問スケジュールを策定して,事前に顧客に連絡を取って訪問して商品の説明と勧誘をし,成約,不成約のいかんにかかわらず,その結果を報告するというものである。訪問のスケジュールは,チームを構成する一審原告を含む営業担当社員が内勤社員とともに決め,スケジュール管理ソフトに入力して職員間で共有化されていたが,個々の訪問スケジュールを上司が指示することはなく,上司がスケジュールをいちいち確認することもなく,訪問の回数や時間も一審原告ら営業担当社員の裁量的な判断に委ねられていた。個々の訪問が終わると,内勤社員の携帯電話の電子メールや電話で結果を報告したりしていたが,その結果がその都度上司に報告されるというものでもなかった。帰社後は出張報告書を作成することになっていたが,出張報告書の内容は極めて簡易なもので,訪問状況を具体的に報告するものではなかった。上司が一審原告を含む営業担当社員に業務の予定やスケジュールの変更について個別的な指示をすることもあったが,その頻度はそれ程多いわけではなく,上司が一審原告の報告の内容を確認することもなかった。

 

そうすると,一審原告が従事する業務は,事業場外の顧客の元を訪問して,商品の説明や販売契約の勧誘をするというものであって,顧客の選定,訪問の場所及び日時のスケジュールの設定及び管理が営業担当社員の裁量的な判断に委ねられており,上司が決定したり,事前にこれを把握して,個別に指示したりすることはなく,訪問後の出張報告も極めて簡易な内容であって,その都度具体的な内容の報告を求めるというものではなかったというのであるから,一審原告が従事していた業務に関して,使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することは困難であったと認めるのが相当である。」と判示しています。

 

以上の通り、従業員に携帯を持たせたり連絡や報告を受けたりしたからといって直ちにみなし労働時間制の適用が否定されるわけではなく、営業活動の実態(訪問先の選定やスケジュールは広い裁量があり、訪問状況の具体的な報告は求められていない)に鑑みて実労働時間が算定しがたいときに該当する、と判断されたものです。

 

1週間にわたる海外ツアーの添乗業務(ガイド)ですら、みなし労働時間制の適用が否定されるケースがありますので(最決平成26年1月24日)、業務内容のみならず、業務時間中の当該従業員の裁量や所定時間内の業務内容に関する具体的な報告の要否といった運用面が大きく影響したものと思われます。

いずれにせよ、みなし労働時間制を適切に運用していくにはハードルが高く、対象業務の選定や運用方法については細心の注意が必要です。みなし労働時間制を漫然と運用している、あるいはこれから運用を予定しているといった方は、トラブルが生じる前に、一度専門家へご相談されてはいかがでしょうか。