1.聞きなれない「一時帰休」という表現

コロナ禍の影響で「一時帰休」という言葉を見分する機会が随分増えたと思いますが、「一時帰休」の法的位置付けを正確に理解されている方はそれほど多くないのではないかと思っています。

かくいう私も、今回の報道をきっかけに整理し直した口で、「一時帰休」といえば主に大企業、特に製造業における生産調整の手段として高度成長期からバブル期にかけて用いられた手法というイメージが強く、「帰休」という語感からも、地方から上京してきた非正規労働者を在籍(所属)させつつ一旦地元に帰らせる、また仕事があれば来てください、といった制度という認識でした。

現在、当座の資金確保、収益構造見直し、財務体質の改善のため人件費を圧縮する必要に迫られている事業者様が多くいらっしゃるものと推察します。そこで「一時帰休」を実施する際のポイント、特に休業手当や賃金支払いの要否を中心に解説したいと思います。

2.一時帰休の法的意義

まず、一時帰休の定義を確認します。一般的には「雇用調整の手段として、労働契約上の賃金額を変更しないまま、それを減額して行われる一時休業」(菅野和夫「労働法 第12版」425頁)を指します。製造業に限られるわけでもなければ、寮を引き払って地元に帰らせたりする場合のみを指すわけではないのですね。

ポイントは、労働(勤務)条件を切り下げるわけではなく、雇用調整のための一時的な措置として、本来の業務の一部又は全部を免除し、その対価としての賃金についても減額する(免除=0円とすることも概念上は含まれるでしょう)、というところにあります。

なお、私が調べた限り「一時帰休」という用語を明確に定義している文献は他にほとんどありませんでした。法的には使用者判断による休業命令(一時休業)であり、一時帰休という概念に独自の法的意義はないということでしょうか。

さて、労働者自身は勤務可能であるにもかかわらず、様々な経営上の事情を考慮して使用者側の判断で本来業務を免除するわけですから、債権者(使用者)故意・過失又はこれと信義則上同視すべき事情によって債務(労働力の提供)を履行できなくなったと場合、反対給付すなわち契約上の賃金請求権は当然には失われません(民法536条2項)。

また、労基法26条は「使用者の責に帰すべき事由」による休業について平均賃金の6割以上の支払いが必要としていますので、先に述べた「故意・過失」(運送業での積荷の手配漏れ、事務所の開錠忘れなど)だけでなく、経営・管理上の障害による休業(経営不振による休業、原材料不足による休業、機械故障による休業、ライン労働者の不足による休業など)についても、労働者の生活保障の必要性に鑑みて一定額以上の休業手当の支給が求められています(このあたりは、「自然災害時の労務管理について」で詳しく述べていますので、こちらもご覧ください)。

3.一時帰休を行う場合のポイント

今回のコロナ禍に際して一時帰休を行う場合のポイントは、自然災害とは異なり、きっかけがコロナウイルス感染症の拡大や緊急事態宣言という予測不可能な事情(不可抗力)であったとしても、これによる影響は地域や業種、職種によって様々であり、具体的な対応策についても個々の企業の経営判断に委ねられている部分が大きい点です。

例えば、東日本大震災の際に厚生労働省が作成したパンフレットによると、「今回の地震で、事業場の施設・設備が直接的な被害を受け、その結果、労働者を休業させる場合は、休業の原因が事業主の関与の範囲外のものであり、事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故に該当すると考えられますので、原則として使用者の責に帰すべき事由による休業には該当しないと考えられます」と記載されています(労働基準法等に関するQ&Aのポイント~平成23年4月27日版)。

しかし、緊急事態宣言に伴い直接的に休業要請を受けた地域・業種であればともかく、そうでない大半の事業者においては、「客足が想定できないほど遠のいた」「発注のキャンセルが相次いだ」「原材料が手に入らない、あるいは高騰した結果操業を停止せざるを得ない」といったケースが多く、直接的な被害を受けたとはいい難いケースが大半と思われます。

一般的に、資材・設備等の欠陥・不足による不利益な結果を労働者に転嫁することは許されず、いわば事業主の関与範囲内のものとして原則として使用者の責に帰すべき休業であると考えられています。したがって、今回のコロナ禍に起因した一時帰休に関して、休業手当の支払いすら不要となるケースはかなり限定されることになるでしょう(そして、当該休業手当の負担軽減のために、雇用調整助成金制度の特例が実施・拡充されています)。

次に、今回のように(一時的とはいえ広義の)不況を理由とした生産調整のための休業は、先に述べた民法第536条第2項の債権者(使用者)の責めに帰すべき事由に該当する休業ではないか、という点も検討が必要となります。一時帰休=休業手当の支払義務という議論ばかりクローズアップされていますが、休業手当の支払いは使用者の民事上の支払義務を免除するものでないため、休業手当が支給されている場合であっても、なお賃金全額との差額を支払うべき場面もあり得るということになります。

4.一時帰休における賃金支払義務

この点、一時帰休に際しての賃金支払義務につき、民法第536条第2項に基づき賃金全額の支払いを認めた裁判例がありますのでご紹介します(池貝事件)。この事件では、経営悪化を理由とした一時帰休を二度にわたって実施したのですが、一度目は賃金100%を補償したものの、二度目には休業日の賃金の60%しか賃金を支払わなかったため、労働者側がその差額を求めたものです。

判決では、「労働者の賃金を一部カットして帰休制を実施することは,労働者に就労の権利の一部行使制限や賃金の一部カットといった不利益を与えることとなり,就業規則を含む労働者との雇用契約の一部を一時的に労働者に不利益に変更することにほかならないから,就業規則の不利益変更に適用される法理に準じて,そのような帰休制が,右のような不利益を労働者に受認させることを許容し得るような合理性を有することを要するというべきである。そして,右合理性の有無は,具体的には,帰休制実施によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の帰休制実施の必要性の内容・程度,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応等を総合考慮して判断すべきであり,右合理性がある場合は,使用者が帰休制を実施して労働者からの労働の提供を拒んだとしても,民法536条2項にいう「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」が存在しないものというべきである。」としたうえで、会社が労働者に支払うよりも多い雇用調整助成金を受領(結果として会社に利得が発生)していたこと、労働組合との交渉にも誠実さを欠いた点などを指摘したうえ、「債権者の責めに帰すべき事由』が存在するとして差額賃金の支払を命じています(横浜地判平成12.12.14労判第802号27頁)。

民法536条の帰責性判断に就業規則の不利益変更法理を準用する、という考え方自体は必ずしも一般的ではないと思われますが、摘示されている考慮要素や結論については説得力のある判決ですので、参考にしていただければと思います。

最後になりますが、労基法上は休業手当について通常の賃金の60%「以上」の支払いを義務付けています(労基法26条)。

当然、労使間で60%以上とすることも可能ですし、実際に60%を超える水準で協定を取り交わして助成金を受給しているケースもよく拝見します。中々見通しの立てづらい状況ではありますが、一時帰休を実施するに当たっては、536条2項による賃金支払義務の可能性についても留意しつつ、労使間での協議状況や助成金の受給要件なども踏まえて休業手当の支給率(又は賃金補償の有無)を決定することで、労使紛争のリスクを回避することが可能であると考えます。